1882年1月25日、父レズリー・スティーヴンと、母ジュリアの間に生まれる。両親ともに再婚だったため、一家の七番目の子供であった。
父、レズリー・スティーブンは文芸評論家、哲学者であり、『イギリス人名辞典』(Dictionary of National Biography)の編集によって有名である。
母ジュリアは1895年、48歳で死去。当時わずか13歳であったヴァージニアに大きな衝撃を与える。また少女時代に異父兄から何らかの性的虐待を受けたことが明らかになっているが、その程度については論争がある。
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1904年、父親が72歳で死去。その後、兄弟と姉とブルームズベリー地区に移り住む。兄のケンブリッジでの友人たちを主たる構成員とするいわゆるブルームズベリー・グループがここに自然発生的に成立する。後の経済学者ケインズを含むグループであった。ヴァージニアの将来の夫となったレナード・ウルフもまた、この友人の輪に属していた。1910年「贋エチオピア皇帝事件」に参加。